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未知との遭遇、そのとき生物はどうなる?「あそび」の復活

未知のものに遭遇すると、
生物は、
まごつく、慌てふためく、凍りつく、すくむ、怯える。

過去の蓄積から、参照できないものや、
差異の出現に対して、
より精微に対応しようと、過度に反応する。

回避行動は、
誰かの動いた方向に、雪崩打つように一斉に動く。

ネコに、初めて掃除機を見せて、スイッチを入れたとき。(笑)
野生のシカが、見知らぬ音やニオイを、感知したとき。
そして、
ヒトが、ワクチンと治療薬のないウイルスに遭遇したとき。。。

緊張と不安のなか、
「あそび」という「間」のなくなった世界。

ようやく最近、抜け出してきつつある。

1年前、このブログでご紹介した「コロナきらい」の手書きPOPや、
ご支援先で導入していただいている「マスクの下は、笑顔です」POPは、
未知のものに遭遇した人類が「あそび」を取り戻そうとしている事例です。

最近、街で見つけた「あそび」の表現。。

そうです、店主がお願いしてるわけじゃないからね~・・・使おう!それ本筋。


その通り!
そう言われなくても、距離を空けたい主義のボク。。。コロナ後も、永遠に続きますように・・・。


ヒュウーーー!かっこいい。。。誰か・・・真似してくださいませ。

“当店は、
一切、コロナを出していません。
お酒は、バンバン出しています!”

酒を出して営業する!と、覚悟を決めた飲食店なら、
反骨精神で「あそび」してみたらどうだろ?


最終到達系の両端を併せ持つ|理性と本能

そして、
さらに中西青年の思考は発展した・・・

ヒトは、
動物全般に共通する、より「本能的」な部分と、
ヒトがヒトたるべき、より「理性的」な部分の、
両極端を併せ持つ人間が「最強」なのではないか?との仮説を持つに至る。

正解か、どうか・・・。それは、わからない。
が、それを意識して、20年以上、生きている

身分・役職関係なく全員対等。と、階層・階級の上層に存在すること。
子供に愛情。と、子供は付属物、自分の人生優先。
立派な家。と、雨風しのげれば、それで良い。自分の家は、地球。
火を使った美味しい料理。と、生存のための食料があれば十分。
文字の読み書きに卓越。と、言葉や体でのコミュニケーション。
お金や礼儀が、しっかり。と、お金も礼儀も、屁のカッパ~!金=そもそも、紙。
衣類のセンス。と、裸になったときの肉体こそ、全て。
乗り物の所有欲、運転欲。と、自分の足で歩く、走る、泳ぐ、漕ぐ。
育てる力。と、狩る・拾う・見つける力。。。

人にしろ、経営にしろ
「最終到達系」の両端を、併せ持つことが、一番強い。
「中間系」は、埋没してゆく。

「地域一番店舗=人を集める」と「御用聞き、宅配=こちらが行く」を持つ。
「実店舗」と「ネット販売」を持つ。
「ハイイメージ」でありながら、「大衆的」であること。
「生産=メーカー」と、「販売=小売り」機能を、持つ。
「今日、明日、1か月先の短期的成果」と「10年、20年、30年先の長期的理念」
「装置(ハード)産業」と、「ソフト産業」
「見込生産」と、「受注生産」。

経営者・幹部・店長の「温かさ」と「非情さ」。
「情熱」と「冷静」。「ケチ」と「太っ腹」。「大胆」と「臆病」。。

 
某ご支援先・幹部の食事。。
個人経営の店主が魂を込めて作ったものを求めるランチ。

と、
こちら、日常の食事。。これ、動物の飼料やろ??(笑)

最終到達系の両極。最強(仮説)である。


お尻の穴に関するお話もしよう ~生物の共通点と、ヒトたる所以

縁あって、この世に「ヒト」として、生を受けたからには、
「生物であること」「ヒトであること」の両方を、満喫して、
生きてゆくのが、良い。

いつのころからか・・・
20代のころから、そう考えるようになりました。
生き物が好きで、色々なことを、知る過程で、そうなってきたのです。

大学生のころ、とある事情で、ネコを飼うハメになり、
部屋の中をのし歩く、ネコを見ながら、こんなことを考えていました。
・・・・・
コイツら、シッポを立てて、お尻の穴を丸出して歩いても、
恥ずかしくないんだよなあ~。
あらゆる生物の中で、ヒトだけが、お尻の穴を見られると、恥ずかしいのは、何故だろう?
・・・・・

ヒトが、ヒトである特徴とは、何か?
イチ生物として、みんなと共通する特徴は、何か??

階層や序列がある。子育てをする。
食事をする。家を作る。音を奏でる。。。
このようなことは、他の生物の中にも、あること、できることです。

ヒトにしかできないことを、
他の生物との違いとして、整理してみると・・・・
・火を使う、使わない。
・文字を読み書きする、読み書きしない。
・フィクション(お金や宗教に代表される)を信じる。信じない。
・衣類を着る、着ない。
・乗り物に乗る、乗らない。
・育ててから食べる、そのまま食べる。。。等々。


本当は、この他に「生殖活動」に関する項目もありますが・・・・
変態度・全開となるので、ここでは、割愛します!・笑
個別に、聞いてあげてください。きっと、イキイキ話します。

(またまた、後編に続く・・・)


生物の根本原理「生き残ること=学ぶこと+健康」

あと、根本的に、大切なことが、もう一つある。
そもそも、
ライオンに取り囲まれないようにするために、
キミが草食獣なら、どうする??

日頃から「健康」であること。
逃げ延びる「健脚」と「スタミナ」があること。
「危険察知能力」を身につけること。
エサを食べる「ポジション取り」、
逃げる「コース取り」を間違えないこと。。。

これまで何度か、遭遇したであろう「現実」から、
生きるために、学ばなければ、「エサ」とならざるを得ない。

ライオンにしろ、
ヒトにしろ「生き残ること=学ぶこと」なのである。

ヒトは、何の「エサ」になるのか?
資本主義社会の餌食となってしまうのである。

「餌食」とならないような会社・人財を、1社でも1人でも多く生み出すため、本日も出張。
宿泊先ホテルからの早朝の風景。
爽やかな風景を見ながら、色々、企画中です。


いじめの原点=生物の本能。理性と勇気で抗うこと

エサとなる「草食獣」たとえば・・・水牛の立場から、
この件を、考えてみる。

動画を見ていると
1頭の水牛がライオン達に「お尻にしがみつかれている」状態のとき、
水牛の仲間が「助けようかな・・」と、遠くから見ていることが良くあるのです。

ひと通り、逃げ惑った後、
捕まった仲間を気にかける一部の連中が、現場に戻ってくるのです。
(ヒトと共通だなーー)
※さっさと逃げて、戻ってこない連中が、大多数である。

戻ってきた水牛たちは、
ライオンたちに、しがみつかれた状態の仲間を、遠巻きに、心配そうに見ている。
助けに行こうかな。。と、近寄ることもある。
しかし、助けには行かない。
「助けに行って、オレがやられるのは、イヤだな・・・。どうしよう・・・」
そんな雰囲気で、もぞもぞ、見ている。

第三者から見れば、角をふるって、突進すれば、
仲間を助けることができそうだ。
ライオンも、それをとても恐れている、警戒している。
でも、しない。
できないのである。
そのうち、仲間は、動きを止められ、徐々にエサ化してゆく。。

「おい!!見てないで、行けよ!!今だ!!」と、
何度も、映像を見ながら声を出してしまう。。

水牛が、ライオンのように「集団」となれば、
間違いなく救出に成功できる。
しかし、水牛にとっての具体的メリットが、ない。
リスクのほうが大きい。だから、集団で救出にも行かない。

子供の「いじめ」の原点を見ているようでもある。
このようにみれば「いじめ」は、生物の自然の摂理なのである。

1対1では、かかってゆかない。集団になる。
集団も、実際に扇動しているのは、ごく一部。
他は、何もしていない。
背中を見せると、相手を調子づかせる。
相手に対して正面を向くべし。ということが、理解できる。

<子供にこそ、見せるべき理由・その2>
キミは、つかまった水牛がいたら、
見てないで、救出に向かえる水牛になれるか?
それとも、キミは「見てるだけ」の水牛か?
ひょっとして、逃げたまま、戻ってこない水牛か??
(いや、アイツが、ライオンにつかまったの知らんかったし・・・)って、とぼけるか??

ヒトならば「本能」を知ったうえで「理性」で、抗うべし。

ごくまれに、見事、仲間を救出する、勇敢な水牛もいる。

水牛が、勇気を出して、ライオンに突進した場合、
途中で、あきらめなければ、100%、救出に成功できる。

「良く頑張った!」と、拍手を送りたくなる映像なのです。

事務所近くの、バーにて。。ランチ。
草食獣よ、、立ち向かえ!





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