2026年9月13日 19:42
晩年に近い政宗と家臣たちの対話シーンより

↓↓
わしは、齢50にして、ようやく悟った。
つまるところ、
人が、天下を選ぶのではない。
天下が、人を選ぶのだ。
わしに器量があれば、天下は向こうから転がり込む。
器量がなければ、致し方ない。
↑↑
一番店になりたい。と言って、目標を定めて、
一番店になるものではない。
一番店となるにふさわしい取り組み、振る舞いを行えば、
一番店の地位は、向こうから転がり込む。
同じことは、
近年、高校野球・甲子園の常連校でも言われています。
昔は「全国制覇」を目標に、練習に取り組んでいました。
現在は「日本一からの招待状」というテーマを設定し、
「招待状」を受け取るに相応しい日々の練習、日常を過ごそう。というチームが増えています。
自分たちが普段やっている日々、日常が、
「天」から愛されることなのか、
「お客様」「人」から愛されることなのか。
まず、そこを、きちんと見直して、整備したい。
もちろん、
このテーマ設定さえもが
「天下」や「一番店」や「利益」へのレール。
=戦略・戦術でもあるわけですが。
今、主流となりつつあるこの思考を、約40年も前に表現していることに、偉大さを感じます。
私の一番店づくり支援の根底を作ってくれています。
2026年9月12日 19:00
虎哉和尚の名シーン、これをご紹介して、ラストにします。
敗戦して帰ってきた政宗に
「笑・とうとう、地獄を見られたか」
「殿のお心の中には、地獄があり、極楽がある」
「仏さまは、格別に殿を見込んで、地獄の入口をご披露くださった」
「引き返すことはできますまい。武将の道は、地獄への道じゃ」
「地獄を通らねば、極楽へは行けぬ」
「人を殺め、城を奪い、己も狙われ、裏切りにおののき、
悪夢にうなされ続ける、それが武将の宿命にござる」
「家督を返上されれば、楽になりまするぞ」
「いっそ、頭をまるめて、禅門に入られてはいかがかな。
極楽がぐんと近うなりまするぞ」
「そうは、参らぬ。ここで尻尾を巻いては武門の恥辱」
「政宗は、未来永劫、世間の嘲りを受けようぞ」
「ならば、地獄へ落ちるしかあるまい」
「地獄、地獄と申すな!」
「では、何が聞きたい」
「負け戦から、立ち直る手立てじゃ」
「いかにすれば、家中の信頼を取り戻し、蘆名に一矢報いることができるのか」
(ポン!)と手をたたく。
「左手が鳴ったか、それとも、右手が鳴ったか?」
「そこを、とくと考えられよ」
政宗は、挟み撃ちを考える。
「これからの戦は、八方に目を据え、天下の形勢をにらみつつ、
友軍と呼応して、かからねばなるまい」
////
「武将」は、
会社と社員の人生を背負って意思決定している「リーダー」と置き換えて良い。
「リーダーへの道は地獄への道」
「誰かの人生を左右し、顧客とシェアを奪いあい、
己もまた競争にさらされ、スタッフの裏切りにおののき、
決断の夜には安眠できぬ。それが、リーダーの宿命にござる。」
いっそ、責任と競争から降りますか??
それとも、地獄を通って、極楽を見ますか?
友軍と呼応することも大事な時代です。
2026年9月5日 19:42
初陣から帰ってきた政宗に
父・輝宗がこう質問する。
「敵の刃に囲まれて、そなたは、何を感じた?」
最初は、恐ろしくて、身がすくんだ。
しかし、太刀をあわせるうちに、心が澄みわたり、相手の姿が手に取るように見え、
斬るか斬られるかの瞬間が、醍醐味だった。
と夢中で(勇猛を褒めてもらえるだろうと)政宗が答える。

それに対して、輝宗はこう教える。
「外道じゃ」
「よいか、大将は、時に臆病でならなくてはならぬ」
「大将が首をとられたら、戦は負けじゃ」
「一家一族は根こそぎ倒される。それゆえ、最後まで死んではならぬ」
「家臣の柱となって、生き抜くことが務めじゃ」
「家臣の場合は、さにあらず、大将のために死ぬることが務めじゃ」
「喜んで相果てることに、忠節の意味がある」
「侍とは、そうしたものじゃ。大将と家来が死を挟んで、向かい合うておる」
↓現代に置き換えると。
経営者は、時に臆病でなくてはならぬ。
経営者が会社を潰せば、従業員の暮らしも、家族の暮らしも、根こそぎ失われる。
すべての従業員の柱となって、全体を見て、会社を守り抜くことが務めじゃ。
経営者が、好きな一部の仕事しかしないようでは、会社は潰れる。
従業員の場合は、さにあらず。
従業員は、その会社に自らの時間を捧げ、能力を尽くし、己の人生を賭ける。
自らの時間と力を差し出して、会社を支えるのじゃ。
現代の「侍」とは、そうしたものじゃ。
経営者と従業員とは、金を挟んで向かい合うておる。
金だけでつながった関係は、金で切れる。
「この会社を守る者」と「この会社に人生の一部を託す者」が、
互いの背中を預けておる。会社とは、そうしたものじゃ。
・・・・
経営者は、スペシャリストではダメ。
ゼネラリストであるべき。との原則を、輝宗は教えています。
スペシャリストとは、特定の狭い領域で高度な技術や知識を持つ人。
システムエンジニア、医師、弁護士。。コンサルタントもこれにあたります。
即戦力として評価されやすく、技術や知識で直接成果を出す。
ゼネラリストとは、部署や業務の垣根を越えて、幅広い知識や調整力を持つ人。
経営者、経営企画や管理職、総務など。
全体を俯瞰してチームをまとめて、正解のない問題に対して最適解を導く。
これは、経営のイロハです。
・・・・
輝宗を演じるのは、北大路欣也さん。
この目力と存在感よ・・・。
このドラマは、起用されている俳優陣も、特筆ものです。
また、それものちほど。
輝宗・欣也さんが言ってた、この言葉を、
のちのち経営の勉強をしたとき、思い出して、つながる。
ああ、こうゆうことを言ってたのかー、同じだなあと。
2026年8月8日 19:32
虎哉(こさい)和尚
演じるのは、名優・大滝秀治さん。
政宗の幼少期からの学問の師です。
ドラマに時折、登場して、政宗と対話し教訓を授けます。
放送の当時、私は、中学三年生。いわゆる思春期です。
親や先生からの教えは、ほとんどが潜在意識のなかに浸透、埋没。
顕在的な意識に、テレビにほんの一瞬しか登場していない
「独眼竜政宗」の面々が、ずっと生きています。
特に、虎哉(こさい)和尚の言葉は、生きています。
まるで、政宗と共に、自分が教えを受けているかのごとく、TVに入り込んでいたのだと思います。
(いわゆる「中二病」ですね)
今回の印象に残るシーンは。。
政宗の元服(成人式)にあたり、虎哉(こさい)和尚の寺での会話。
↓↓
「若、今日から、和尚は、若を大人に扱いまする」
「大人への鉗槌(けんつい)は厳しゅうございまするぞ」
「わかりました」
「何がわかったのだ?」
「そう簡単に、わかってはならぬ」
「若は、もっとへそ曲がりにならっしゃい」
ほっぺをつねり
「どうじゃ、痛いか?」
「痛かったら、「痛うない」と言わっしゃい」
「痛うない!」
「痛うなかったら「痛い」といわんか!」
「痛い」いや「痛うない!」
「どうじゃ、わしが憎いか?」
「憎うない!」
「それでよし」
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」
「これが、へそまがり術の極意じゃ」
↑↑
この一連のやりとりです。
特に、最後のまとめ。
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」
・・・・
・自らの感情を、安くオモテに出さない。
=感情をコントロールする=強固な意志で向かいあうこと。
・同調圧力(他からの評価「一般的」なるもの)に、自分の心を支配されないこと。
・常識。と思われていることを「本当にそうか?」と考えてみること。
・・・・

私が「ちょっと変わっている」と評価されることが多いのは、
おそらく、この人の「へそまがり術」のせいです。
2026年6月27日 19:16
人間ドッグでの
アホ話を、おひとつ、どうぞ。。
今、病院では、
個人情報保護の観点から、
患者の個人名を呼ばないようになっているそうです。
事前にその説明を受けました。
私は、2日間「D7番」と呼ばれる。
(きっと、人間ドッグの「D」
そして、一緒に診察科を回る人間ドッグコースの方々8人のうちの「7」人目。という意味)
「“Dの7番”って、刑務所の囚人番号みたいですね」
まあまあ、面白いやろ?どや??
と思って、
ニヤニヤしながら、言ってみましたが、
「・・・・・」
黙々と、D7のリストバンドをつけられました・笑
「D7番さん、か、ドッグの7番さん」と、お呼びだしされます。
と、補足説明を受けたので、
「“ワン!”って答える感じですか??」
懲りずに、
もう一回、挑戦してみましたが、、、
「・・・・・」
またも、撃沈。。
一方、
病院では、ミス撲滅のため、
診療科の受付時、
診察を受ける前、
「フルネームと、生年月日をお願いします」と、声に出して、
言わされ、確認を受けます。
なので、個人情報は、
一緒に回る8人全員に、ばっちり知られることになる。
他7人の氏名を、知りもする。
誕生日から、年齢までもわかる・笑。
この「守るべきルール」のための本末転倒の「矛盾」
それも、なんだか、面白いです。
大きな組織「あるある」が凝縮された事例です。
8人のうち、
「S2番さん」がいました。
他は全員「D〇番」である。
なぜ、この人だけ「S」なんだ??
しばらくして、理由が判明しました。
入院している部屋が「特別室」なのです。
追加料金を払って、特別室。スペシャルの「S」
(つづく)