2026年8月22日 19:47
初陣を前に、政宗は和尚を訪ねる
「されば、弓矢を交えるにあたって、武士の心得を承りたい」
「さよう。まず、その焦りをなくすことじゃの。焦りなさると人間は負ける」
「若は、敵を憎んでおるか?」
「大将たるもの、誰も憎んではいかん。憎んで出たのでは、
阿修羅の働きがせいぜいじゃ。敵を調伏し、世を救うことはできぬ」
「憎しみは、必ず、わが身に刃を返す」
「まあ、よい、心眼を開いていれば、おいおいわかる」

「それから、もうひとつ」
「人前では、断じて寝姿を見せぬことじゃ」
「いかに眠くなろうと、人前では、決して体を横たえてはならぬ」
「一軍を率いるものとして、それだけは、心がけてもらいたい」
(しかし、人間は眠りなしでは生きてゆけぬ、という政宗に対して)
「座ったまま、眠れ」
「ただし、女子と一緒なら、寝ても良い」
「女子以外には、寝姿を見せるな、というておる」
「風邪をひいたの、頭が痛いのと、理屈をつけて、
どこへでも寝るのは、益体もない寝ぼけ男よ」
以上。
3つのことを教えています。
まず、
「焦る人間は、負ける」
次に、
「敵を憎むな」
これは、以前のブログにもご紹介しました、マフィアも教えてくれる鉄則です。
(和尚は、さすが、仏門。やや道徳的に言いました「おのれに刃を返す」と)
※私は、断然「マフィア派」である。
憎んではならない理由は「冷静な判断を行うため」である。
https://cleaning-keiei.com/nakanishi/2021/01/09/
何十年かかっても、冷静に、お返しさせていただく・笑
最後に、「寝姿を見せるな」
トップに立つ者は、
いつ何時も無防備な姿や弱み(病気や疲労)を他人に見せず、
厳格な緊張感と「将」としての威厳を、保ち続けるべきだという心構えです。
これは、政宗の晩年の有名な逸話と連動させています。
重い病に苦しんだ際も、家臣の前では決して横にならず、
柱に背中をもたれさせるか、座ったままの姿勢を貫いた。という話が残っています。
2026年8月15日 19:51
「大人への鉗槌(けんつい)は、厳しゅうございまするぞ」
前回のブログでご紹介したワンフレーズです。
鉗槌(けんつい)
鉗(けん)とは、「金ばさみ(やっとこ)」のこと。
熱い金属をしっかりと挟んで固定する道具です。
鎚(つい)とは、「金づち(ハンマー)」のこと。
金属を激しく叩いて形を整える道具です。
2つの道具(金ばさみと金づち)が揃って初めて、
ただの「鉄」を、
役に立つ「刃物や道具」にすることができます。
つまり、
鍛冶屋が、何の変哲もない鉄を、固定し、叩き直して、整えて、
役に立つ存在とする。
これと同じように、
普通の人間を、厳格に鍛え上げることで、
世の人の役に立つもの。に変えることを指しています。
人の役に立たなければ、
資本主義の世の中において、お金は入ってきません。
・・・・・
コンサルタントとして、
数多くの経営者、幹部とお会いしています。
売上アップのための施策を立案し、実行をサポートして、ともに売上を作ります。
私のコンサルティングは、基本、かなり優しいです。
まあまあの「至れり尽くせり」で、すーーっと、売上が作れるようになっています。
「売上が上がってゆく、その過程を知れば、
自分が、どのようにふるまえば良いか、そうゆうことも自然とわかってくるでしょう」
人に対しては、こんなスタンスで、接しています。
ほとんどの人は、それで、気づいて成長してくれます。
人に対する「鉗槌(けんつい)」は、ほとんどありません。
マーケティングの仕組み、ツール、媒体に対する「鉗槌(けんつい)」は、
たくさんあります。
しかし、
マーケティングへの「鉗槌(けんつい)」を「他人事」とかとらえることができず、
いつまで経っても、わからない「人」が、ごく稀にいます。
変わらない。それどころか、売上が上がると、ふるまいが退化してゆく人もいます。
今、AIが、それに拍車をかけています。
そうゆう場合は、
「大人への鉗槌(けんつい)」をふるうこともあります。
必要最低限。ほんの少し。
そうしなければ、クライアントが、生き残ることが難しい、厳しい時代となっているからです。
一方で、今「鉗槌(けんつい)」の在り方も、
変わりつつある世の中です。
前述のブログのシーンでは、
和尚が、
政宗のほっぺをつねるシーンがあるのですが・・・
現在の日本のテレビでは、コンプライアンス&人権意識の向上により、
「子供に痛みや不快感を与えるリスクがある演出」は
最初から企画段階で避ける、あるいは編集でカットされます。
今、あのシーン自体が、TVとして放送できるかどうか・・・そうゆう時代です。
「大人につねられました」と、AIに聞けば
「児童相談所に電話しなさい」と答えが、返ってきて、
その通りにすれば、
警察が来て、逮捕されちゃう。そうゆう時代です。
金ばさみでつかまれ、
ハンマーで打ちつけられる。鉗槌(けんつい)
そんな目にあっても、
人の役に立つ存在となろうとする者。
そうでない者=逃げる者、避ける者。
鉗槌(けんつい)ナシで、
役に立てるようになりたい?
役に立たず、おカネだけ欲しいか?笑
→鉗槌(けんつい)行きじゃ!
2026年8月8日 19:32
虎哉(こさい)和尚
演じるのは、名優・大滝秀治さん。
政宗の幼少期からの学問の師です。
ドラマに時折、登場して、政宗と対話し教訓を授けます。
放送の当時、私は、中学三年生。いわゆる思春期です。
親や先生からの教えは、ほとんどが潜在意識のなかに浸透、埋没。
顕在的な意識に、テレビにほんの一瞬しか登場していない
「独眼竜政宗」の面々が、ずっと生きています。
特に、虎哉(こさい)和尚の言葉は、生きています。
まるで、政宗と共に、自分が教えを受けているかのごとく、TVに入り込んでいたのだと思います。
(いわゆる「中二病」ですね)
今回の印象に残るシーンは。。
政宗の元服(成人式)にあたり、虎哉(こさい)和尚の寺での会話。
↓↓
「若、今日から、和尚は、若を大人に扱いまする」
「大人への鉗槌(けんつい)は厳しゅうございまするぞ」
「わかりました」
「何がわかったのだ?」
「そう簡単に、わかってはならぬ」
「若は、もっとへそ曲がりにならっしゃい」
ほっぺをつねり
「どうじゃ、痛いか?」
「痛かったら、「痛うない」と言わっしゃい」
「痛うない!」
「痛うなかったら「痛い」といわんか!」
「痛い」いや「痛うない!」
「どうじゃ、わしが憎いか?」
「憎うない!」
「それでよし」
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」
「これが、へそまがり術の極意じゃ」
↑↑
この一連のやりとりです。
特に、最後のまとめ。
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」
・・・・
・自らの感情を、安くオモテに出さない。
=感情をコントロールする=強固な意志で向かいあうこと。
・同調圧力(他からの評価「一般的」なるもの)に、自分の心を支配されないこと。
・常識。と思われていることを「本当にそうか?」と考えてみること。
・・・・

私が「ちょっと変わっている」と評価されることが多いのは、
おそらく、この人の「へそまがり術」のせいです。
2026年8月2日 19:43
最近「歴史ブログ」をご無沙汰しておりました。
まとめて、書き留めておきます。
私が、影響を受けた歴史ドラマのひとつ、
NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」より。
思い出深いシーン。
教訓として、ずっと生きているシーンを抜粋して。
主に、
・父が子に対する関わり方。
・師を持つこと。そこから受ける薫陶。
・人として生きるため、大切なこと
このようなことを、学びました。
まずは、ご紹介したい有名シーンがこちら。
養育係の喜多さんと、梵天丸(ぼんてんまる、政宗の幼名)が
お寺に参ったとき、不動明王の仏像をみて。
「これは、化け物か?」
「不動明王にございまする」
「仏様が、なぜ、このような恐ろしい顔をしておるのじゃ?」
「さあ、それは・・・」
ここで、師匠となる虎哉(こさい)和尚、横から登場!
「教えて進ぜよ!」
「恐ろしい顔は、悪を懲らしめるためじゃ」
「不動明王は、優しい仏様じゃ。外見とは異なり、慈悲深い」
「とくと、覧じよ」
「喜多・・」
「梵天丸も、かくありたい」

・・・・
梵天丸の学問の師なってもらいたい。と、父の輝宗に請われていましたが、
武将の子息を教えることを、固辞していた虎哉和尚が、
梵天丸のこの言葉を聞いて、引き受けることを決意する。
梵天丸は、片目を失った自らの顔と、
不動明王の見た目と中身を重ね合わせた。
大河ドラマ史上でもナンバーワンの名場面です。
・・・・・
私も「すごい、何か」に、出会うと、
見たり、聞いたり、知ったりすると、
「マサト丸も、かくありたい」
ずっと、そう生きてきました。
だから、直前のブログのようになる・笑
人は、それぞれによって
「かくありたい」の強さ、方向が、異なります。
なぜ、そうなるのか
・・・
みんなの「かくありたい」に、興味があります。
なぜ、それが異なるのか?
このメカニズム、
解明できないものでしょうか。
2026年8月1日 19:38
注射が苦手。
そのくせ、
医療を前にして、自らの身体と意志を一体にする「豪傑」にあこがれています。
////
三国志の英雄・関羽が、
腕に刺さった毒矢の傷を、麻酔なしで、骨まで切開した。
「痛みなど、意志の前では、塵にすぎぬ」と
手術の間、平然と、部下と囲碁を打っていた。
////
石油ビジネスマンの死に際・・・
「死は人生で1度しか経験できない、俺はそれを味わいたい。だから、麻酔はしない」
最期まで、がんの激痛に耐え、「おい、もう麻酔していいぞ」
と言った瞬間、死んでいた。
////
無頼派の文豪が、最後の作品を完成させるために、
意識酩酊状態になる可能性のある治療を拒否し、
作品を完成させ、その直後に、死んだ。。等々
////
この手のエピソードに、非常に憧れを抱いています。
(俺も、できるんじゃないか?やりたい)
だから、
以前、受診したドッグでは、
胃カメラ検査のとき、
「麻酔しますか?」と聞かれて、
「フッ・・・、それも良い経験ですから。麻酔ナシでやってください」
憧れの豪傑たちに、ほんの少しだけでも近づきたい。
と、麻酔なしを選びました。
しかし、結果は・・・
もう痛くて、痛くて、、、
鼻水・よだれ・涙が止まらず、情けなくて・・・
大・大・大後悔しました。(ボクは、豪傑ではない・・・)
今回、胃カメラは、
「はい!麻酔、お願いします!!!」
即決です。
(でも、麻酔に、抵抗してやろう)
つまりは、、
(絶対、寝ない!!
「あれ??この方、麻酔、効いてません!」とか、
看護師たちが、あたふたしている様子を見てやるぞ)
と、
目を見開き、ギラギラさせて、ベットに寝ていました。
(豪傑への憧れを、捨てきれない、ボク)
が・・・・・
そう思った瞬間。
もう、何もかも、終わっていて、
「中西さん、そろそろ、起きましょうかーー」
熟睡しておりました。
ちなみに、
この病院の看護師さんたち、
ご自身の健康診断のときの各種検査では、麻酔をしないそうです。
理由、わかりますか?
「え?麻酔って、やっぱり、ちょっと危険な部分があるんですか?」
「量を間違って、もう起きてこない。とか。後遺症が残る。とか。。」
「いえ、違うんです」
「麻酔をすると、目が覚めてから、30分くらいは、安静にしなきゃならないんですね」
「麻酔しなければ、回復の時間が必要ないので、すぐに仕事に戻れるんです」
なんと・・・・
30分、安静にさせている時間が、もったいない。
胃カメラや内視鏡検査が、終わったら、
すぐに、働けるように、麻酔をしない。
さすが、大阪の病院。この商魂。
そして、豪傑揃いの看護師さんたち。

MRIの問診表。
「弾丸」が入っていないか?
聞かれてました。