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最新ストア視察 ~飲食店に学ぶ パート2

最新の大型商業施設のオープンや、大規模改装があると、
足を運び、視察します。
(オープン効果による人混みが、ひと段落したころを見計らって・・・)

店舗の看板、照明、内装、POP
販促、メニュー、価格、サービス、制服、コンセプト・・・
全国でも有名な繁盛店や、出店意欲のあるお店が、軒を連ねる商業エリアは、
アイデアのヒントの宝庫。

その一部をご紹介・・・(メニュー編)

アンカリング・メニュー
お客様に、購買選択の基準を与えることで、
注文しやすくするメニュー。
最低でも、この3品目(約2000円)の客単価が保証される。
この喉が渇きそうなメニューを注文させる??ことで
ドリンク2~3杯(プラス・約1500円)は、注文されることだろう。
メニューの下部分に、あわよくば・・・の
「サラダコーナー」が配置されているのも、心にくい。

ランキング・メニュー
これも、選択基準を与えて、選ばせる。
(ベスト10)と書かれると、頼まざるを得ない。

メニュー表づくりの参考にどうぞ!!


「器」=パッケージの工夫の大切さ

大繁盛飲食店の「盛り付け」より。。
「器」=パッケージの大切さを学ぶ。

卵豆腐みたいな料理は、卵パックと卵の殻に入れる。


細長い木材の上に並べられた前菜は、
自分でこねさせる、自分で火をつけさせる、そして、スコップが器となっている。

「素材を活かした料理」を標榜する
このお店のコンセプトに、隅々まで、統一されていました。


下位者(力不足の人間)の戦い方

まったく実力のなかった中西少年が、なぜ逆転合格できたのか?
なぜ、赤ちゃんが横綱に勝てたのか?

先週ブログをアップしたところ、ちょうど受験シーズン。ということで、
いつも記事を読んでいただいている親御さんから、
ご質問をいただきました。少し、まとめておきたい。

1)根拠のない自信。「合格できない場合」のことなど、この時点で一切考えていない。
2)だから、楽しみながら、プラス思考で勉強していた。
3)同じ目標、同じ方向を目指す友達がいた。
4)良い予備校講師を、自分で選んだ、そのセンス(夏期講座、直前講座)
5)入りたい大学の出題傾向を徹底調査。それ以外の勉強は一切しない。
6)勝負どころで、一気に攻める。

今、振り返れば、マーケティングにおける「弱者の戦術」を、
誰に教えられることなく、高校3年生で、やっていたことになる。

経営に置き換えると、こうゆうことになる
1)「思いは実現する」
2)「プラス発想」
3)「良き友との競争」
4)「良き師を見つける」
5)「選択と集中、ベンチマーク法」
6)「1点突破・全面展開」

小さなお店が、大きなお店に挑むときの原則と、ほぼ同じ。
「絞り込み」や「集中」が、大切なのである。

ちなみに、
6)勝負どころで一気に・・・は、こうゆう戦術でした。

関関同立の試験日は、2月前半にありました。
そこに、9日間連続で、試験を受けるスケジュールを組んだのです。
名付けて・・・
「下手な鉄砲も、数打ちゃ当たる」作戦。

内訳は、同志社2。立命館3。関西学院2。関西2。
さすがに9回試験を受ければ、バカでも1つくらい合格するだろ・・・。
勝負所はここだ、一気に攻める。と決めた。
目的は「浪人せず、関関同立のどれかに入ること」である。
念のため、リスク分散で、関関同立は4分割。
受験代はかかるけど、浪人するよりも、はるかに安い。と、親を説得。
9日連続の体力とメンタルは、
体育会のおかげで問題ない。これだけは、強味だから、それを活かす。

結果、8戦3勝。
残り1つ、9戦目は・・・最初のほうに受けた試験の合格通知が、
9日目の朝に届いたため、パスしました。


今「強者」へのコンサルティングよりも
「弱者」を「強者」へ導くコンサルティングのほうが多いことと、
無縁ではないように、感じます。

出張の合間、飛行場での待ち時間、漆黒のアイスコーヒーをいただく。


友と共に、明るく、楽しく。

ひとつ前のブログに、少し修正点がある。

「史上最低の校内偏差値で、同社社大学に合格した男」と書いたが
正確には「男たち」である。

1991年、加古川東高校で
もう一人、校内偏差値40台で、同志社大学に合格した男がいる。
中西少年同等の低偏差値人間だ。(笑)

2~3年時、同じクラスで、
ほぼ、毎日一緒に帰っていた友人U君である。

テストのたびに
「うぉ!負けたー!!なんで、お前が俺に勝てるねん。採点ミスやろ」
普段は、
「どうやって、勉強しとるんや?」なんて、やっていた。

偶然、2人一緒に、合格できた。

ちなみに、
受験勉強を苦しいもの。
と、認識したことは、1度もない。
彼や友達みんなのおかげでもある。

社会人になってから知った「売上アップの原則」
「思いは、実現する」とか
「師と友づくり」という根本原則は、このような経験をもって
スーーッと、入ってきた。


横綱と赤ちゃんの相撲


同窓会で1~2年時の担任の先生と少しの時間、話をした。
「やっぱり、最近の生徒って、扱いにくいですか?」と質問したら、
「いいや、扱いにくくはないで、どちらかと言えば、従順やわ」
「オマエみたいに、ガッツのあるヤツは、いなくなったわ!
“横綱と赤ちゃんが相撲をとるみたいなもんや”と言われて、
相撲をとるようなヤツはいない。
みんな先生の言う通りにする、良く言えば素直。
悪く言えば、反発してそれをバネにするってヤツがいない」

・・・・おお・・・・
そんなことまで、覚えていてくれたのか!

世に有名な
「横綱と赤ちゃんの相撲」事件。

解説しよう。

高校3年時。進路を決める三者面談の場で。。
中西少年は、関西の私学4強「関関同立」を志望校として提出した。

しかし「学年500人中400番台の常連」の成績不振生徒であったため、
3年時の担任の先生が、
「お母さん、それは、横綱と赤ちゃんが相撲をとるようなものです」とアドバイス。
そして、それを受けた母親が・・
「先生、赤ちゃんは言い過ぎではないですか?
せめて、小学生くらいではないでしょうか・・・」と返事する。

(いや、どっちも変わらんし・・・。どっちでも、ええねん!)
(俺は、受かる自信があるねん!※自分なりの根拠しかないけれど・・・)

一応、進学校であったため、
過去5年分くらいの卒業生の校内偏差値データと、
合格した大学の偏差値データが、
わかりやすく並べられた一覧データが用意されている。
それを指し示して、先生は説得する。

確かに、中西少年の校内偏差値で、
過去5年間、関関同立に合格した人は、誰一人としていない。

「キミの偏差値ならば・・・・
 大経大(大阪経済大学)か、大商大(大阪商業大学)が、圏内ですよ」
「中西、どうや、大経大か大商大。ええぞ!」

(いや、そんなの大学じゃない)
↑↑横暴であった中西少年。
大人になった今、言い換えれば、“私にとって”それは大学じゃない。
大して、大人になっていないか・・・反省。

結局、
その面談をどうやって終えたのか、覚えていない。
「横綱も立ち会いで、すべって転ぶこともある。それに期待しよう」
くらいに思っていた。

怒った記憶もなく、反骨精神を発揮したわけでもない。
(まあ、普通、そう思うよなー)程度の
いたって、楽観的なものだった。

根拠の薄い、自信だけはあった。

最近まで、部活は頑張ってきた。
部活を引退し、これからやることもないし、勉強する。
そうすれば、俺は、やれるんだ。
今まで、ロクに勉強せず、大学のことも考えずに、
この成績で済んでいるなら、逆に、たいしたものだ。
今から、みんなをまとめて追い越す!

結果、同志社大学に奇跡的に合格。
関関同立のなかでも、最も難易度が高い大学だ。

加古川東高校の
過去の校内偏差値と合格大学偏差値のデータに
ポツンと「異常値」が記録された。
史上最低偏差値で、同社社大学に合格した男だ。

先生方は驚き、
友達は、みんな怒っていた・笑
「なんで、オマエが同志社やねん!」と。


3年時の担任の先生は、同窓会には来ていなかった。
1、2年時の担任が、当時のことを覚えていてくれていて、
ついでに裏話も教えてくれた。

当時、俺らにも「成績」があってな。
浪人させたら、ポイント0や。
国公立の有名大学なら、高ポイント。。と
大学のランク別にポイントが決まっている。
とにかく、どんなランクの大学でも、現役合格させたら、
僅かばかりでも、ポイントがつくんや。
中西の場合は、ポイント1でいい。0よりはマシ。
と、思われていたんやな・笑





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