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オーナー企業の社長交代の基本「日が昇れば、月は消える」

輝宗は、若手で能力に長けた家臣をつけたうえで、
政宗を後継者に。と考えている。
しかし、
聡明な(優等生タイプ)の政宗の弟を擁立しようとする旧勢力の家臣団との対立が深まる。

そこで、輝宗は、虎哉和尚に相談にゆく。

「家臣を納得せしめて、内乱を防ぎ、伊達の家名を保つ手だてはないものか」
「和尚の卓見をたまわりたい」

「坊主には、とんとわかりませぬ」
「武家の作法は、経文のどこにも書いておりませぬのでな」
「すると、殿は、あくまでも若をお世継ぎにと?」

「それが筋目でござる」

「日が昇れば、月は消える」
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」
「ま、こんなところですかな・笑」

このアドバイスで、
18歳の政宗に家督を譲る。輝宗41歳。

そして、相続から、半年後、
政宗は、東北地方の名門、最大最強の芦名家に戦いを挑む。
壮挙というべきか。
無謀と言うべきか。

・・・・
家督を相続後、
敗戦を重ねる政宗の処遇について。

母が、こう進言する。
「政宗が、まことの大将の器量を備えることができるようになるまで、
家督をお預かりなされては、いかがかと存じます」

輝宗は、こう答える。
「小賢しいことを申すな、それでは、さらに政宗が傷つくだけではないか」
「誰が、何と言おうと、伊達の統領は、政宗じゃ」
「一旦、隠居した者が、のこのこと、しゃしゃり出られるか!」
・・・・

若くから、実権を任せる。
一度、譲って、任せたからには、信じて見守り、従う。もう戻らない。

オーナー企業の後継の基本です。


父と子の在り方の教訓 輝宗と政宗、信秀と信長

幼少期から青年期の政宗に対する周囲からの評価は、
高いものではありませんでした。
片目を失明したことで、内向的で、引っ込み思案だった。
一方で、乱暴で危険な部分もあった。と言われています。
(弟のほうは、健康で聡明であった)

それでも、
父の輝宗は、政宗に英才教育を施し、18歳の政宗に家督を譲る。

同じような事例が、織田信長と父・信秀です。
奇行が多く「うつけ」と呼ばれ、評価の低かった信長を、信秀は一貫して嫡男として扱いました。
(政宗同様に、優秀な弟もいました)

「今、基準の優等生」ではなく、
「次の時代に必要な能力を持つ人間」
欠点の裏側にある未来の可能性。を、二人の父親は見出していました。
胆力、野心、人の心をまとめる力。革新性、独創性。

ここから、私が学んだことは、
どんな幼子であろうとも、
「自分と違う何か」を持っている人間である、それに敬意をもって、接すること。
「一般的な欠点も、長所の裏返し」とみること。
「世間が、周囲が、何と言おうと、彼を信じること」それがベースにあること。

父と子の絆。
とか、そうゆう感傷的なものではない。
家の死活問題、存続問題として、一人前に育てるため、
我が子に対して、父はどう接すべきか?

輝宗の政宗への接し方は、
私の子供への接し方のベースを作っています。

・・・・
普通の人が見るもの
・今、仕事、運動、勉強ができるか
・礼儀正しいか
・人当たりが良いか
・失敗が少ないか、言うことを聞くか・・・

父親が見るもの
・生き抜く胆力、突破力があるか
・人を引きつける力があるか
・大局を見られるか
・危機で決断できるか、行動できるか


若き日の政宗の居城のひとつ「小浜城」。
難攻不落の巨大城郭であったことがわかります。
(誰も来ない山中に一人で上る。クマが出ないか、さすがに、怖かった・・・)


焦ると負ける。敵を憎むな。寝姿を見せるな。

初陣を前に、政宗は和尚を訪ねる
「されば、弓矢を交えるにあたって、武士の心得を承りたい」

「さよう。まず、その焦りをなくすことじゃの。焦りなさると人間は負ける」

「若は、敵を憎んでおるか?」
「大将たるもの、誰も憎んではいかん。憎んで出たのでは、
阿修羅の働きがせいぜいじゃ。敵を調伏し、世を救うことはできぬ」
「憎しみは、必ず、わが身に刃を返す」
「まあ、よい、心眼を開いていれば、おいおいわかる」

「それから、もうひとつ」
「人前では、断じて寝姿を見せぬことじゃ」
「いかに眠くなろうと、人前では、決して体を横たえてはならぬ」
「一軍を率いるものとして、それだけは、心がけてもらいたい」

(しかし、人間は眠りなしでは生きてゆけぬ、という政宗に対して)
「座ったまま、眠れ」
「ただし、女子と一緒なら、寝ても良い」
「女子以外には、寝姿を見せるな、というておる」
「風邪をひいたの、頭が痛いのと、理屈をつけて、
どこへでも寝るのは、益体もない寝ぼけ男よ」

以上。

3つのことを教えています。

まず、
「焦る人間は、負ける」

次に、
「敵を憎むな」
これは、以前のブログにもご紹介しました、マフィアも教えてくれる鉄則です。
(和尚は、さすが、仏門。やや道徳的に言いました「おのれに刃を返す」と)
※私は、断然「マフィア派」である。
憎んではならない理由は「冷静な判断を行うため」である。
https://cleaning-keiei.com/nakanishi/2021/01/09/
何十年かかっても、冷静に、お返しさせていただく・笑

最後に、「寝姿を見せるな」
トップに立つ者は、
いつ何時も無防備な姿や弱み(病気や疲労)を他人に見せず、
厳格な緊張感と「将」としての威厳を、保ち続けるべきだという心構えです。
これは、政宗の晩年の有名な逸話と連動させています。
重い病に苦しんだ際も、家臣の前では決して横にならず、
柱に背中をもたれさせるか、座ったままの姿勢を貫いた。という話が残っています。


大人への鉗槌(けんつい)~鍛えようとする者、そうでない者。

「大人への鉗槌(けんつい)は、厳しゅうございまするぞ」
前回のブログでご紹介したワンフレーズです。

鉗槌(けんつい)
鉗(けん)とは、「金ばさみ(やっとこ)」のこと。
熱い金属をしっかりと挟んで固定する道具です。

鎚(つい)とは、「金づち(ハンマー)」のこと。
金属を激しく叩いて形を整える道具です。

2つの道具(金ばさみと金づち)が揃って初めて、
ただの「鉄」を、
役に立つ「刃物や道具」にすることができます。

つまり、
鍛冶屋が、何の変哲もない鉄を、固定し、叩き直して、整えて、
役に立つ存在とする。
これと同じように、
普通の人間を、厳格に鍛え上げることで、
世の人の役に立つもの。に変えることを指しています。

人の役に立たなければ、
資本主義の世の中において、お金は入ってきません。

・・・・・
コンサルタントとして、
数多くの経営者、幹部とお会いしています。
売上アップのための施策を立案し、実行をサポートして、ともに売上を作ります。

私のコンサルティングは、基本、かなり優しいです。
まあまあの「至れり尽くせり」で、すーーっと、売上が作れるようになっています。

「売上が上がってゆく、その過程を知れば、
自分が、どのようにふるまえば良いか、そうゆうことも自然とわかってくるでしょう」
人に対しては、こんなスタンスで、接しています。
ほとんどの人は、それで、気づいて成長してくれます。

人に対する「鉗槌(けんつい)」は、ほとんどありません。
マーケティングの仕組み、ツール、媒体に対する「鉗槌(けんつい)」は、
たくさんあります。

しかし、
マーケティングへの「鉗槌(けんつい)」を「他人事」とかとらえることができず、
いつまで経っても、わからない「人」が、ごく稀にいます。
変わらない。それどころか、売上が上がると、ふるまいが退化してゆく人もいます。
今、AIが、それに拍車をかけています。

そうゆう場合は、
「大人への鉗槌(けんつい)」をふるうこともあります。
必要最低限。ほんの少し。
そうしなければ、クライアントが、生き残ることが難しい、厳しい時代となっているからです。

一方で、今「鉗槌(けんつい)」の在り方も、
変わりつつある世の中です。

前述のブログのシーンでは、
和尚が、
政宗のほっぺをつねるシーンがあるのですが・・・

現在の日本のテレビでは、コンプライアンス&人権意識の向上により、
「子供に痛みや不快感を与えるリスクがある演出」は
最初から企画段階で避ける、あるいは編集でカットされます。
今、あのシーン自体が、TVとして放送できるかどうか・・・そうゆう時代です。

「大人につねられました」と、AIに聞けば
「児童相談所に電話しなさい」と答えが、返ってきて、
その通りにすれば、
警察が来て、逮捕されちゃう。そうゆう時代です。

金ばさみでつかまれ、
ハンマーで打ちつけられる。鉗槌(けんつい)

そんな目にあっても、
人の役に立つ存在となろうとする者。
そうでない者=逃げる者、避ける者。

鉗槌(けんつい)ナシで、
役に立てるようになりたい?

役に立たず、おカネだけ欲しいか?笑
→鉗槌(けんつい)行きじゃ!


泣きたいときは笑う。暑いときには寒い、寒いときには暑い、と言う。虎哉宗乙

虎哉(こさい)和尚
演じるのは、名優・大滝秀治さん。

政宗の幼少期からの学問の師です。
ドラマに時折、登場して、政宗と対話し教訓を授けます。

放送の当時、私は、中学三年生。いわゆる思春期です。

親や先生からの教えは、ほとんどが潜在意識のなかに浸透、埋没。
顕在的な意識に、テレビにほんの一瞬しか登場していない
「独眼竜政宗」の面々が、ずっと生きています。
特に、虎哉(こさい)和尚の言葉は、生きています。
まるで、政宗と共に、自分が教えを受けているかのごとく、TVに入り込んでいたのだと思います。
(いわゆる「中二病」ですね)

今回の印象に残るシーンは。。
政宗の元服(成人式)にあたり、虎哉(こさい)和尚の寺での会話。

↓↓
「若、今日から、和尚は、若を大人に扱いまする」
「大人への鉗槌(けんつい)は厳しゅうございまするぞ」

「わかりました」

「何がわかったのだ?」
「そう簡単に、わかってはならぬ」
「若は、もっとへそ曲がりにならっしゃい」

ほっぺをつねり
「どうじゃ、痛いか?」

「痛かったら、「痛うない」と言わっしゃい」

「痛うない!」

「痛うなかったら「痛い」といわんか!」

「痛い」いや「痛うない!」

「どうじゃ、わしが憎いか?」

「憎うない!」

「それでよし」
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」
「これが、へそまがり術の極意じゃ」
↑↑

この一連のやりとりです。

特に、最後のまとめ。
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」

・・・・
・自らの感情を、安くオモテに出さない。
 =感情をコントロールする=強固な意志で向かいあうこと。
・同調圧力(他からの評価「一般的」なるもの)に、自分の心を支配されないこと。
・常識。と思われていることを「本当にそうか?」と考えてみること。
・・・・

私が「ちょっと変わっている」と評価されることが多いのは、
おそらく、この人の「へそまがり術」のせいです。





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