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レクイエム①ー2 不幸を成功に。つかめるか、つかめないか

成功は「他人の不幸」がもとになっていることが多い。
そこから巡ってきたチャンス、タイミングを「つかめるか」「つかめないか」
つかんだ後「絶対、離さない」。
それが、その人の運命を決める。

このことを
不謹慎。と道徳的観点により、フタをする人も多い。
しかし、これは世の中の現実・真実のひとつである。

たとえば、スポーツ選手が、レギュラーをつかむ。成功するのは、
現レギュラー選手がケガや不調等により離脱している間に、活躍できるかどうか。
それまでの沸々とした万端の準備。
そこに、たまたまの巡ってきた偶然をつかめるか。
それで決まる。

ビジネスも同じ。
良い立地に、ドル箱店舗を出店できているのは、
それまで入居していた会社の採算割れ等による空きテナント(=他人の不幸)を、
サッとチャンスとしてとらえ、成功に変えたものである。
他にも、
他社の「納期遅れ」や「クレーム」が、きっかけで、自社に安定取引の仕事が回ってきた。
他社の「過剰投資で破綻した設備」を、安く購入し、高収益の生産体制となった。
他社の「雇用ミスマッチ」で、優秀な中途入社人財と巡り合えた。。等々、
他人の不幸を、見逃さずチャンスにする準備ができていたから、成功するのである。

 
私が、高校バスケ部で「レギュラーをつかめた」のは、
紺野先生・顧問の時代=1年生のときです。

1学年上の同ポジションのレギュラーの先輩から奪いました。
先輩は、眼鏡をかけたプレイヤーでした。
長身でガタイも良く、激突して相手を跳ね飛ばすパワープレイヤーだったので
「クラッシャー」と呼ばれていました。
ある試合中、その激しいプレイで、眼鏡が壊れてしまいました。
代わりの眼鏡も部品も、コンタクトも用意しておらず、
身体は元気なのに、プレイ続行不可能となる不幸に見舞われてしまいました。
=自分の眼鏡までも「クラッシュ」させてしまいました。。
(紺野先生に、めっちゃ、怒られてました・・・)
(私も、とにかく先生が怖かったので、試合には出たくなかった・・・。なんとか、先輩のメガネを元通りに戻そうと必死でした。テーピングで直そう。とか、他の部員の眼鏡をかけれないか。とか、やっていました)

結局、急遽、
試合に出たことのなかった私が代役として出場。

その試合、途中出場から20点以上を得点しました。
初登場で相手もノーマークでした。たぶん、試合にも勝ちました。

私が試合に出ている間に、
ベンチで何とか眼鏡を復旧させた先輩が、
「出れます!」と、紺野先生に申告に行きましたが、
「もうええわ!」(引っ込んでろ)と、一蹴されていました。
(早く、代わってくださいーー)と思いながら、プレイしていた私は、
コート上からベンチのその光景を見ていました。

次の試合から、先輩と併用で使われることが多くなり、
徐々に、私の出場時間のほうが増え、
やがて、先輩は、部活自体を辞めてしまいました。

スポーツ観戦のとき、いつも最も注視するポイントは、
準主力メンバーの「つかみかける瞬間」「つかんだ後の仕事」
現主力メンバーの「つかまれた後の態度」。

ビジネスにおける教訓は、普段からの準備。
「いつかチャンスが巡ってくる」と考えて。
それに「いつかミスを犯してしまう」と考えたリカバリー準備。
他社には絶対にチャンスの芽を与えないこと。
・・・・
あのとき、クラッシャーさんが、
ちゃんと予備の眼鏡をカバンにいれていたら・・・そうゆうことでもあります。


年末恒例レクイエム1-① 高校バスケ部顧問の先生

高校バスケ部の顧問の先生です。
兵庫県高校バスケ界ではかなり名声と力のある先生でした。
葬儀にも参列してきました。

高校2年4月からは、別の高校に転任されたので、
実際に面倒を見てもらったのは、高校1年生のときだけ。
昔ながらの猛練習でした。とても怖かった先生でした。
(正直、1年で転任には、ホッとした・・・)

私が、中学校3年生のとき、
中学バスケの試合会場に来ておられて、
「エラいさん席=本部・招待席」に、どかっと座り、試合を観戦しておられました。

私が「加古川東高校」を受験することを知っていた、
中学のバスケ部顧問の魚谷先生が、
本部席の紺野先生にご挨拶に行ってくれました。
そこから戻ってきて、
「中西、加古川東の紺野先生が来てたから、お前が受験すること、伝えておいたぞ」
「センターには、特に来て欲しい。と言うとったで」
「とても影響力のある先生やから、受験のプラスになるかもしらん。がんばれよ!」

もちろん、その当日の試合は奮起。(でもそれほど活躍はできていなかったはず)

・・・
たぶん、実際に受験で「下駄をはかせてくれた」ということは、ないと思います。
今、考えれば。

しかし、当時、
紺野先生の存在と、魚谷先生の言葉が、
高校受験勉強の期間、どれだけ自信になったことか!!
自分だけの最強の「御守り」でした。

「少しくらい試験の点数が悪くても、バスケ加点で通してくれるだろう」という
根拠のない「思い込みと自信」につながっていました。

きっと、両先生は、そんなこと、忘れていると思います。

ちょっとした行動、声掛けが、人の自信につながることがある。

当時の感謝と恩返しに。
私も、できるだけ目標に向かう人への「応援」をすることにしています。


人気パビリオン=人気店舗を作る過程と思考法

落合陽一のインタビューより。
ナンバーワン・パビリオンのひとつ「null2」を生み出した過程をメモしました。

まずは、
過去1970年の万博を徹底的に研究した。
=その結果、基本的な表現方法は、すべてやりつくされているということがわかった。

当時、岡本太郎が、縄文時代。をテーマにした。
だから今回、落合は弥生時代。をテーマにした。
そのため外観を「鏡」のようにした。

弥生時代は、日本が外とのかかわりを持った時代である。
それ以降、日本人は「リミックス」が得意な民族となる。
海外を取り入れながら、日本独自のものに発展させてきた。
だから、落合パビリオンは、
最先端の外国の技術を学び、融合させ、
世界で一番面白い、独自のものを作った。

大屋根リングを超える建物は、作れない。
という万博の規制があった。
だから、null2は、吠えさせた。
彼の表現を借りると「吠えるしかない」
(ウオーーーン、ウォォォーーーンという、なんとも言えない“声”のような音を発している)
つまり「音」を出して、目立たせることにした。

面白くないパビリオンになるのは、こんな作り方である。
業者を呼んで作らせる。
→できました。プロデューサー、確認してください。
→プロデューサーが来て、ダメ出しをして、帰ってゆく。
→それを繰り返す。。
これだと面白いものは作れない。
友達、教え子、仲間たちと、一緒に作ったからできたものがnull2である。

今の時代、人と人が「通信」によって「頭と頭」で関わりあう。
そうゆう経験は、人類史上最高にたくさんできている。
「人間じゃないもの」と、直接、触れ合う。
という経験をしてみるのも良いのではないか。


マーケティングにも共通する思考法
【まず、そのテーマ・分野の過去を全て調べ尽くす】
【自らの特長を知る】
【リミックス=最先端を知り、融合させる】
【規制やルールのなかで完結して埋没しない、諦めない】
【なんとしても、規制を突破する方法、別のアプローチを見つける】
【自分のチームで、作る】
【人が見たことのない、初めて触れるモノ、箱、空間を作る】

人気パビリオン。
イコール人気店舗である。
作る過程と思考法は、まったく同じである。


「落合陽一」に、改めて、一目置いたこと

万博には「シグネチャー・パビリオン」というものがありました。
「いのち輝く未来社会のデザイン」を体現するパビリオン群の総称で、
各分野の第一人者である8人の「プロデューサー」が、
それぞれのテーマに基づいた展示を手がけています。
つまり、企業でも、国でもなく、日本が世界に誇る「個人」が作った、パビリオンです。

中でも、人気を博したのが、
以前のブログでもご紹介した「落合陽一」がプロデュースをした
Null2(ヌルヌル)
何度予約しても、入ることができませんでした。
当選確率2%、というのですから、無理もありません。。
https://cleaning-keiei.com/nakanishi/2019/09/21/

「俺は、君があまり公にしていない親父(信彦)のときから、知ってるんだぞ!」
と、念じて申し込んでも、当たらない。。
それが、当たらない理由だったのかもしません・笑

入場できなかったので、パビリオンの内容はわからない。

落合陽一に対しては、評価はするも、言ってることが、なんだか難しいし、
才能はあるけど、頭でっかちのチャラいヤツ・・の可能性もあるかも??
と思っていましたが、

今回、私が一目を置き、
ほかの皆さんからも評判も高めていたのは、
多忙な彼が、万博の開催期間184日のうち約100日。
つまりは、2日に1度以上は、大阪の現場に来ていて、
自ら内部やCPUの調整を行っていた。ということ。

そして、地下鉄が止まってしまい、
来場者が会場から帰れなくなったことがあった日。。。
大阪の別の場所から、遠隔操作で、null2を解放し、
帰宅困難の方に、楽しんでもらったという事実。

(困ったとき、頼るべきはこうゆう人だな)
(僕が、帰宅困難民になったとき、「落合パビリオンに行ってみよう!」となっただろうか?)
(そして、経営者として、こんな人になれるだろうか?)

才能がある。
しかも、
お客様、スタッフがいる現場に足を運ぶという態度・姿勢がある。
困ったとき、頼りになる。
これこそ、
最強ではないか!

才能が普通。もしくは、普通以下なのに、
現場に足を運ばず、お客様も見ない、スタッフも見ない、商品も見ない。。では、
どうしようもない。
「落合」のような経営者が率いる企業に、勝てるわけがない。


渡航困難国の万博作戦

海外パビリオンで、
一人当たりGDP。幸福度。に続いて、
注目したのは、「危険な国」「渡航できない国」です。

<外務省・安全基準>
日本では旅行者に対して、外務省から注意喚起が行われています。
レベル1:十分注意してください:日本国内の滞在時と同様の注意が必要です。
レベル2:不要不急の渡航は止めてください。渡航を控えるべき地域です。
レベル3:渡航は止めてください。渡航を中止、滞在している場合は退避してください。
レベル4:退避してください。生命に危険が及ぶ可能性があります。

国土全域が「レベル4指定」の国で、
万博に来ていたのは、
イエメン、ウクライナ、スーダン、ハイチ。

自分がもし、生命不安を抱える状態の国の責任者だったとしたら、
そもそも、万博に出展する?
出展するとしたら、どうするか?
そんなことをイメージしながらの訪問です。

ウクライナは、「Not For SALE」と全面に掲げ、
黄色と青色の国旗色が鮮やかな展示スペースを作っていました。
「売り物ではない」がテーマです。
売りものに見えるけど、売っていない陳列。
QR読み込みさせて、国の現状を伝えていました。
このあたり、大国ロシアに一歩も引かないプライドを感じます。
が、(もうちょっと、うまくやれば良いのに・・・)とも感じます。
だからこそ、戦うのでしょう。

この対極の出展方法が、イエメン。
展示はそこそこ。「ここぞ!」とばかり、
アクセサリーをバリバリ販売して、外貨を獲得。
まるで夜店の屋台のよう。完全に振り切っていて、感心します。
しかし、日本がレベル4=渡航するな。としていて、
この国の現状を踏まえれば、これこそ正攻法ではないか?
(そして、それに群がる日本人・・・・これは相も変わらず・・・どこに行っても・・・ね。ふうぅぅ)





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