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リーダーの地獄と極楽

虎哉和尚の名シーン、ラスト。

敗戦して帰ってきた政宗に

「笑・とうとう、地獄を見られたか」
「殿のお心の中には、地獄があり、極楽がある」
「仏さまは、格別に殿を見込んで、地獄の入口をご披露くださった」
「引き返すことはできますまい。武将の道は、地獄への道じゃ」
「地獄を通らねば、極楽へは行けぬ」
「人を殺め、城を奪い、己も狙われ、裏切りにおののき、
悪夢にうなされ続ける、それが武将の宿命にござる」
「家督を返上されれば、楽になりまするぞ」
「いっそ、頭をまるめて、禅門に入られてはいかがかな。
極楽がぐんと近うなりまするぞ」

「そうは、参らぬ。ここで尻尾を巻いては武門の恥辱」
「政宗は、未来永劫、世間の嘲りを受けようぞ」

「ならば、地獄へ落ちるしかあるまい」

「地獄、地獄と申すな!」

「では、何が聞きたい」

「負け戦から、立ち直る手立てじゃ」
「いかにすれば、家中の信頼を取り戻し、蘆名に一矢報いることができるのか」

(ポン!)と手をたたく。
「左手が鳴ったか、それとも、右手が鳴ったか?」
「そこを、とくと考えられよ」

政宗は、挟み撃ちを考える。
「これからの戦は、八方に目を据え、天下の形勢をにらみつつ、
友軍と呼応して、かからねばなるまい」

////
「武将」は、
「会社と社員の人生を背負って意思決定しているリーダー」と置き換えて良い。

「誰かの人生を左右し、顧客とシェアを奪い、
己もまた競争にさらされ、スタッフの裏切りにおののき、
決断の夜には安眠できぬ。それが、リーダーの宿命にござる。」

いっそ、責任と競争から降りますか??

いや、
地獄を通って、極楽を見ようではありませんか。

友軍と呼応することも考えながら。


「もろとも撃て」 父として覚悟「かくありたい」

輝宗・政宗父子に、悲劇が訪れる。
政宗は、自分を最も信頼してくれていた父を殺すことになるのです。

状況は、こうである。

政宗は、二本松に拠点を置く畠山義継を攻め、攻略に成功する。
義継は、政宗に降伏を申し出る。
政宗は、降伏を認める条件として、ほぼすべての所領を没収し、
家を維持できない状況にまで追い込もうとした。
なんとか取り計らってもらいたい、と、
義継は、宮森城に隠居していた輝宗を訪問して、泣きつく。
輝宗は「政宗に家督を譲っている。最終判断するのは、政宗である」と伝える。
帰り、城門まで送ってゆく途中で、
義継は、輝宗を拉致。二本松城へ連れ去ろうとする。
急報を聞いた政宗は、二本松の所領に入る直前で、一行に追いつく。

「父を顧みて、伊達の家名を汚すな!」
「政宗!伊達の統領は、そなたじゃ!」
「このままでは、末代までの恥だぞ」
「政宗!天下をとりとうないのか!」
「父もろとも、撃て!」
「ここじゃ、わしを撃て」
撃て、撃て、撃て、撃て、撃て ――政宗を演じる若き渡辺謙の苦悶の表情、名演技
(気は確かか・・政宗・・・) ――義継、銃弾の中、輝宗を刺す。

宮森城跡です。
(ここで拉致したのか・・・。突発的か、計画的か。。今は、誰もわからない)

輝宗と義継の最後の地、粟の巣古戦場。
「小規模な合戦ながらも、有名武将が二名同時に死ぬのは稀有な例」と、説明看板にある。

大河ドラマでは、
伊達領と二本松領との境となる、阿武隈川の河原での出来事でしたが、
今の阿武隈川からは、やや離れている場所が現場です。
もしかしたら、当時はこのあたりまで、川だったのかもしれません。
拉致現場の宮森城からは5~6km程度。拉致して歩くなら2時間は、かかるかな?
その間に、政宗が駆けつけ、追いついた。ということです。

・・・・・
もし自分ならば、
父から「撃て」と言われて、撃てるか?
息子に「撃て」と、言うことができるか?
撃たせることができるか?

子の立場なら、
いったん父を拉致させて、そのあと交渉。
となる可能性が高い。
私は、政宗の立場で、政宗のようにはできない。

でも、
息子に対しては「もろとも撃て」と言えるように。
そうゆう父にはなりたい。と思い、接しています。
そして、息子には、志と大義のために、父を撃てるようになってもらいたい。と。

現代において、ありえない状況。
と思われるかもしれません。が、そうゆう覚悟のもと、存在しています。


大将は、ゼネラリストであれ

初陣から帰ってきた政宗に
父・輝宗がこう質問する。
「敵の刃に囲まれて、そなたは、何を感じた?」

最初は、恐ろしくて、身がすくんだ。
しかし、太刀をあわせるうちに、心が澄みわたり、相手の姿が手に取るように見え、
斬るか斬られるかの瞬間が、醍醐味だった。
と夢中で(勇猛を褒めてもらえるだろうと)政宗が答える。

それに対して、輝宗はこう教える。
「外道じゃ」
「よいか、大将は、時に臆病でならなくてはならぬ」
「大将が首をとられたら、戦は負けじゃ」
「一家一族は根こそぎ倒される。それゆえ、最後まで死んではならぬ」
「家臣の柱となって、生き抜くことが務めじゃ」
「家臣の場合は、さにあらず、大将のために死ぬることが務めじゃ」
「喜んで相果てることに、忠節の意味がある」
「侍とは、そうしたものじゃ。大将と家来が死を挟んで、向かい合うておる」

↓現代に置き換えると。
経営者は、時に臆病でなくてはならぬ。
経営者が会社を潰せば、従業員の暮らしも、家族の暮らしも、根こそぎ失われる。
すべての従業員の柱となって、全体を見て、会社を守り抜くことが務めじゃ。
経営者が、好きな一部の仕事しかしないようでは、会社は潰れる。
従業員の場合は、さにあらず。
従業員は、その会社に自らの時間を捧げ、能力を尽くし、己の人生を賭ける。
自らの時間と力を差し出して、会社を支えるのじゃ。
現代の「侍」とは、そうしたものじゃ。
経営者と従業員とは、金を挟んで向かい合うておる。
金だけでつながった関係は、金で切れる。
「この会社を守る者」と「この会社に人生の一部を託す者」が、
互いの背中を預けておる。会社とは、そうしたものじゃ。

・・・・
経営者は、スペシャリストではダメ。
ゼネラリストであるべき。との原則を、輝宗は教えています。

スペシャリストとは、特定の狭い領域で高度な技術や知識を持つ人。
システムエンジニア、医師、弁護士。。コンサルタントもこれにあたります。
即戦力として評価されやすく、技術や知識で直接成果を出す。

ゼネラリストとは、部署や業務の垣根を越えて、幅広い知識や調整力を持つ人。
経営者、経営企画や管理職、総務など。
全体を俯瞰してチームをまとめて、正解のない問題に対して最適解を導く。

これは、経営のイロハです。
・・・・

輝宗を演じるのは、北大路欣也さん。
この目力と存在感よ・・・。
このドラマは、起用されている俳優陣も、特筆ものです。
また、それものちほど。

輝宗・欣也さんが言ってた、この言葉を、
のちのち経営の勉強をしたとき、思い出して、つながる。
ああ、こうゆうことを言ってたのかー、同じだなあと。


オーナー企業の社長交代の基本「日が昇れば、月は消える」

輝宗は、若手で能力に長けた家臣をつけたうえで、
政宗を後継者に。と考えている。
しかし、
聡明な(優等生タイプ)の政宗の弟を擁立しようとする旧勢力の家臣団との対立が深まる。

そこで、輝宗は、虎哉和尚に相談にゆく。

「家臣を納得せしめて、内乱を防ぎ、伊達の家名を保つ手だてはないものか」
「和尚の卓見をたまわりたい」

「坊主には、とんとわかりませぬ」
「武家の作法は、経文のどこにも書いておりませぬのでな」
「すると、殿は、あくまでも若をお世継ぎにと?」

「それが筋目でござる」

「日が昇れば、月は消える」
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」
「ま、こんなところですかな・笑」

このアドバイスで、
18歳の政宗に家督を譲る。輝宗41歳。

そして、相続から、半年後、
政宗は、東北地方の名門、最大最強の芦名家に戦いを挑む。
壮挙というべきか。
無謀と言うべきか。

・・・・
家督を相続後、
敗戦を重ねる政宗の処遇について。

母が、こう進言する。
「政宗が、まことの大将の器量を備えることができるようになるまで、
家督をお預かりなされては、いかがかと存じます」

輝宗は、こう答える。
「小賢しいことを申すな、それでは、さらに政宗が傷つくだけではないか」
「誰が、何と言おうと、伊達の統領は、政宗じゃ」
「一旦、隠居した者が、のこのこと、しゃしゃり出られるか!」
・・・・

若くから、実権を任せる。
一度、譲って、任せたからには、信じて見守り、従う。もう戻らない。

オーナー企業の後継の基本です。


父と子の在り方の教訓 輝宗と政宗、信秀と信長

幼少期から青年期の政宗に対する周囲からの評価は、
高いものではありませんでした。
片目を失明したことで、内向的で、引っ込み思案だった。
一方で、乱暴で危険な部分もあった。と言われています。
(弟のほうは、健康で聡明であった)

それでも、
父の輝宗は、政宗に英才教育を施し、18歳の政宗に家督を譲る。

同じような事例が、織田信長と父・信秀です。
奇行が多く「うつけ」と呼ばれ、評価の低かった信長を、信秀は一貫して嫡男として扱いました。
(政宗同様に、優秀な弟もいました)

「今、基準の優等生」ではなく、
「次の時代に必要な能力を持つ人間」
欠点の裏側にある未来の可能性。を、二人の父親は見出していました。
胆力、野心、人の心をまとめる力。革新性、独創性。

ここから、私が学んだことは、
どんな幼子であろうとも、
「自分と違う何か」を持っている人間である、それに敬意をもって、接すること。
「一般的な欠点も、長所の裏返し」とみること。
「世間が、周囲が、何と言おうと、彼を信じること」それがベースにあること。

父と子の絆。
とか、そうゆう感傷的なものではない。
家の死活問題、存続問題として、一人前に育てるため、
我が子に対して、父はどう接すべきか?

輝宗の政宗への接し方は、
私の子供への接し方のベースを作っています。

・・・・
普通の人が見るもの
・今、仕事、運動、勉強ができるか
・礼儀正しいか
・人当たりが良いか
・失敗が少ないか、言うことを聞くか・・・

父親が見るもの
・生き抜く胆力、突破力があるか
・人を引きつける力があるか
・大局を見られるか
・危機で決断できるか、行動できるか


若き日の政宗の居城のひとつ「小浜城」。
難攻不落の巨大城郭であったことがわかります。
(誰も来ない山中に一人で上る。クマが出ないか、さすがに、怖かった・・・)





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