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初めて、自分のお金で買った高額品

高校を卒業し、
京都での学生・独り暮らし生活をスタート。

初めて、自分のお金で買った「高額品」は、
極めて、実用性のない「シャチの写真」

今でも、家に置いています。

18歳の中西少年は、
友人たちと、梅田に買い物に行ったとき、家に何かを飾りたい。。と考えた。
このシャチ写真が気になったけど、、
お金もないしなあ、、迷いに迷って、結局、その日は帰宅。

でも、翌週、もう一度、
一人で、京都から梅田へ出かけてゆき、この大きな写真を買って帰ってきた。

お店のなかには、
夕日のなか、イルカの親子がジャンプする写真もあり、
ダイナミックなクジラの尾びれの写真もあり、
シャチそのものが写ったものもあり、、
そのほかにも風景写真や、俳優の写真、動物写真も、名画も、抽象画ポスターもあった。

でも、この写真が、断然、気に入った。
「静かな迫力」に、魅了されて、そうありたい。そうなれるかもしれない。。と考えた。 

フランス人形、博多人形、亀のはく製、木彫りの熊、、等々と同じく、
「ポスター写真」は、実用的ではない品である。

でも「自分の内面を支えるもの」という意味では、実用的であり、
それに対して、思いきって、お金を払ったのである、

 
初めて、
自分のお金で、万円以上の商品を買い物をしたことを、
覚えていますか?

何を買いましたか?


その世を覆う一般的で、誰もが持つもの

年明けも、クライアント先を回る出張の連続です。
とある街で、ふらりと入ったご飯やさん。。

「フランス人形」が飾ってありました。

思えば、、幼少期、我が家にも、友達の家にも、
ガラスケースに入ったフランス人形が飾られていた。

同じように、博多人形も。。

他にも、あのころの家の中には、こんなものが、必ずあった。
・人が来る場所に、シャンデリア。
・壁面に吊り下げられた、タイマイ(ウミガメ)のはく製。
・鮭をくわえた木彫りの熊。
・ガラスケースに入れられた洋酒とグラス。
・誰も読んだことがなさそうな、百科事典の書棚。。

あれは・・・・
何だったのだろうか??

誰も使わない。実用性はない。
でも、ほとんどの家には、置いてある。

何のために?
豊かさや、いっぱしの成功のしるし?
いつから、なくなっていったのだろう?
今の時代、これに相当するものはあるのかな??

郷愁漂う、思い出して、ニヤニヤしてしまう
出張先での晩御飯タイムでした。


江夏豊の残像と今

昨日のブログの続き。
美しい三振を奪った側・江夏投手について・・・

大阪学院高校から、阪神に入団し、1年目から剛腕投手として、
巨人の王・長嶋に立ち向かい、
故障後は、投球術をもってリリーフに転向。
あの「江夏の21球」の他にも「オールスター9人連続三振」など、数々の伝説を持つ。

中西少年の記憶にあるのは、
我が近鉄バファローズの前に立ちはだかる、広島時代の江夏。
その後、すぐにパリーグにやってきた日本ハム時代の江夏である。
なんとも、とにかく憎たらしい存在であった。

球速は速くないはずなのに、、
なんだか、上から見下ろして投げて、抑えてしまうのだ。

※この時点で30歳である。。恐ろしいまでの風格が漂う・笑。

現役時代は、首脳陣やマスコミとの確執を取りざたされ、、
一匹狼と表現されたり、豪快で、太々しく描かれることが多い。
現役引退後は、覚せい剤使用、逮捕歴もある。

そうゆう不祥事があったから、
球団に首脳陣として、招かれることはない。
全国ネットのTV解説にも出ない(出してもらえない?)。

が、大阪ローカルの野球中継では、解説をしている。
解説は、とても、面白い。
論理的に、本質をズバズバ言ってくれる。

そして、
江夏さんは、解説のとき、どんな選手を呼ぶときも「○○君」と呼ぶのである。
聞いているイメージとは、全く異なる性格が垣間見える。

最近では、先日のブログの桑田さんも、解説のとき、選手を君付けにする。

ずいぶん以前、誰かのエッセイを読んだことがある。
いわゆる「コワモテ系のスポーツ選手」の発言を、
スポーツ新聞や週刊誌などマスコミは、
勝手に「ワシ」と、文章にすることが多い。
「この場面、ワシは、三振を狙ってアウトをとることしか頭になかった」とか
「ワシには、アイツの気持ちが、痛いほどわかるんや」とか。。
江夏豊は、その代表格である。
(最近では、、やはり、清原か・・・)

しかし、江夏さんは、自分のことを、ワシと呼ぶのだろうか??
投球や野球への姿勢を見る限り、そうゆう人物には、見えないし、
取材や文章でも、ワシを聞いたことはない。。という主旨のエッセイであった。


本当に一人称を「ワシ」と使っているのは、
以前のブログにも登場した、川藤さんくらいのものだ・笑

ここからは、私の想像の域。。
江夏さんは、野球に対して、真摯で、一途で、素直なんだろう。
鈴木啓示、藤本義一監督、村山実、王貞治、野村克也、衣笠幸夫、大野豊。。
一流選手との出会いによって、どんどん成長を見せる。

36歳で、単身アメリカに渡り、
メジャーリーグに挑戦するが、マイナー止まり。
そして、そのまま、引退する。


美しい三振 ~ガッツも、無残も

最近、何故だか、野球愛が、とまらない。。笑
ひとつ、ふたつ、続きますので、ご容赦を。

クライアント先のなかに、野球好きの社長がおられて、
必ず、コンサルティング中のうち1時間くらい「野球」の話になる。

晩年は「フィールド・オブ・ドリームス」のように、郊外に野球場を作り、
そこの管理人をして、過ごしたいそうである。。
何とも、ロマンチックで、羨ましい!
ロマンチックな「夢」の一部をお手伝いさせていただいていることに、
誇りとやりがいを感じて仕事をさせていただいています。

そんな話を聞いたせいか、野球の話が続く。。

 
先日「ホームランを打たれた、最も美しい写真」として、
2年生の桑田投手を、紹介しました。

今回は、打者の立場から、
「最も美しい三振の写真」について。

野球ファンの中で語られる、
「最も美しい」とされている三振写真は、こちら・・・・

長嶋さんの現役時代の三振である。

立教大学から、鳴り物入りで、巨人に入団。
ルーキーイヤーのデビュー戦、あの金田正一投手から、4打席連続三振を喫する。
しかし、金田さんは、長嶋さんの積極果敢さ・気迫・スイングスピードから、
この初対決のルーキーに「怖さ」と「可能性」を感じ取ったそうである。

失敗するにしても、
このくらい正々堂々、気迫を見せての、失敗したいものである。
部屋に飾っておきたくなるような「勇気をもらえる」1枚でもある。

しかし、長嶋さんの三振は、
かっこ良過ぎる・・・笑

私は、無念さが滲み出る、
情けないくらいの三振らしい三振が、良いのです。
そこで、推挙するのは、この三振。。

1979年の日本シリーズ第7戦、近鉄対広島。。
有名な「江夏の21球」の最期の打者・石渡茂さんの三振である。
スクイズを、カーブの握り・即時判断で外された、有名なシーンの後、
2アウト・2ストライクと追い込まれる。
しかし、ヒットが一本出れば、逆転もできる場面。
江夏のカーブに、絵にかいたような腰砕けの三振をしてしまう。。

近鉄ファンであった少年時代は、「カーーーッー!!」と、
見るのも嫌なシーンであったが、、
今は、とっても味わいある、ナンバーワンの三振だと思っている。


冒険心、好奇心=プロ(桑田投手、高校2年の旅)

木内監督への追悼番組で、
1984年の夏、
取手二高に敗れたPL学園・桑田投手(桑田真澄さん)のコメントが流れていました。

取手二高の選手たちは、
三振したのに、なんで歯を見せて、笑って、許されるんだ??
グラウンドで、笑うなんて、PLの野球の常識では、許されなかった。。
そうゆう野球に衝撃を受けました。と。

実は、
この話には、
あまり知られていない裏話がある。
書き留めておきたい。

高校2年生の桑田投手は、決勝戦で、取手二高と対戦し、敗北する。
三振しても笑って、ベンチに帰る。
外野フライを打っただけで、大騒ぎで喜んでいる。
そんな野球に負けたことが、不思議でたまらず、
その年の秋、
PL学園の寮を抜け出して、
取手二高へ行ったのである。冒険心、好奇心もあっただろう。
PLでは密かに大騒ぎになったそうである。

茨城で、学校を見て、練習を見て、
選手の家に泊まり、親交を深める。

桑田は、振り返る。
「同じ山の頂点を目指すのにも、
色んなアプローチの方法があることを知った」と。

高校二年生にして、
この行動力と大胆さである。
後のプロ野球での活躍も、うなずける。

故・野村克也監督は、
以前、桑田投手をこう評していた。
「この人は、どこを切ってもプロ。プロ中のプロ」と。

ちなみに・・・桑田投手が、
1984年、夏の甲子園で決勝ホームランを打たれたこの写真。。

私は、投手が打たれた写真のなかで、
もっとも印象に残る、美しい1枚だ。。と思っている。





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