父と子の在り方の教訓 輝宗と政宗、信秀と信長
幼少期から青年期の政宗に対する周囲からの評価は、
高いものではありませんでした。
片目を失明したことで、内向的で、引っ込み思案だった。
一方で、乱暴で危険な部分もあった。と言われています。
(弟のほうは、健康で聡明であった)
それでも、
父の輝宗は、政宗に英才教育を施し、18歳の政宗に家督を譲る。
同じような事例が、織田信長と父・信秀です。
奇行が多く「うつけ」と呼ばれ、評価の低かった信長を、信秀は一貫して嫡男として扱いました。
(政宗同様に、優秀な弟もいました)
「今、基準の優等生」ではなく、
「次の時代に必要な能力を持つ人間」
欠点の裏側にある未来の可能性。を、二人の父親は見出していました。
胆力、野心、人の心をまとめる力。革新性、独創性。
ここから、私が学んだことは、
どんな幼子であろうとも、
「自分と違う何か」を持っている人間である、それに敬意をもって、接すること。
「一般的な欠点も、長所の裏返し」とみること。
「世間が、周囲が、何と言おうと、彼を信じること」それがベースにあること。
父と子の絆。
とか、そうゆう感傷的なものではない。
家の死活問題、存続問題として、一人前に育てるため、
我が子に対して、父はどう接すべきか?
輝宗の政宗への接し方は、
私の子供への接し方のベースを作っています。
・・・・
普通の人が見るもの
・今、仕事、運動、勉強ができるか
・礼儀正しいか
・人当たりが良いか
・失敗が少ないか、言うことを聞くか・・・
父親が見るもの
・生き抜く胆力、突破力があるか
・人を引きつける力があるか
・大局を見られるか
・危機で決断できるか、行動できるか

若き日の政宗の居城のひとつ「小浜城」。
難攻不落の巨大城郭であったことがわかります。
(誰も来ない山中に一人で上る。クマが出ないか、さすがに、怖かった・・・)
