2026年9月27日 19:01
徳川家康を演じたのは、津川雅彦さんでした。
これまで数々の俳優さんが、徳川家康を演じてきました。
滝田栄、松潤、北大路欣也、 風間俊介、 寺尾聰、 西田敏行・・・・等々。
現在の大河ドラマ「豊臣兄弟」で家康を演じる、
松下洸平さんも、(歴史に残るかもしれない)という名演ぶりです。
何と言っても
私の「家康」イメージに、最も近いのが、津川さんです。
いやらしい「たぬき」感が、極上にマッチしています。
心に残る名場面と教訓は、関ヶ原・直前の場面より。
「政宗め。わしの足元を見て、脅すつもりじゃ」
↑政宗は、敵である上杉と講和することをほのめかしてきた。
「伊達が逆心し、上杉については一大事かと存じまする」
「放っておけ」
「上杉を、奥州にくぎ付けにすれば、それで十分じゃ」
「飴をなめさせておけばよい」
「飴。と申しますると?」
「政宗が欲しがるものは、何か。よう考えてみい」

・・・・
家康は、伊達の本領7か所(福島県の北部~米沢)を返還する。と約束する。
「これで、父祖墳墓の土地を奪還できる」
「これに、現在の石高を加えると・・・100万石を超えまするぞ」
いわゆる「100万石のお墨付き」をもらい、政宗と家臣は歓喜する。
結果、関ヶ原の戦いは東軍の圧勝に終わる。
しかし、政宗が家康に隠れて、
南部領内での一揆(和賀忠親の一揆)を煽動し、
どさくさに紛れてさらなる領土拡大を狙っていた陰謀が家康に露見する。
これを口実に「百万石のお墨付き」は、反故(取り消し)にされ、
最終的に加増されたのはわずか2万石程度。
(後の仙台藩62万石の基礎)にとどまる。
「足元を見て家康を脅した政宗」と、
「それを利用して戦いに勝ち、最後は手のひらで転がした家康」
キツネとタヌキの化かし合いのような心理戦が、描かれています。
また、こんな言葉も。。。
「三成の号令に従う武将がどれほどいるのか」
「諸大名はみな息をひそめて、形勢を見守っておる」
「今、石を放り込めば、水の深さもわかる。
波紋の広がり方も明らかになる」
津川・家康からの教訓をまとめておきます。
「飴をなめさせろ」
相手の欲しがるものは、何か? を考えて、動かせ。
今の力関係と、後の力関係は、異なっていることが多い。
飴はそのとき甘い。が、なくなる。
「石を放り込む」
自分が動くことで、相手の反応がわかる。そこを見てから、また動いて有利に運ぶ。
動くこと自体、一発での成果は考えない。
自分が余裕を持って先に動く=相手を試し反応を知る、という行為である。
営業にしろ、告白にしろ、石を放り込む。という行為なのです。
2026年9月26日 19:12
勝新太郎が演じる秀吉。
渡辺謙が演じる政宗。
秀吉が、北条氏・小田原攻めていた陣に、
政宗が遅参し、死に装束を身につけて、
初対面を果たす。という歴史的にも有名な場面である。
ここで、勝新太郎は、NHKの演出に提案をする。

秀吉と政宗は、ここで初対面するのだから、
面識のなかった、勝新太郎と渡辺謙も、舞台セットで初対面する。そのリアリティを撮れ。というのである。
リハーサル、なし。
楽屋への挨拶も、なし。
本当の初対面。
勝新太郎は、
作品の演出に提案をして、決裂した過去があります。
相手は、あの黒澤明監督。
映画「影武者」の主役でしたが、
衣装・セリフ・立ち回り・設定等々に提案を行い、
ち密な演出やカメラワークを信条とする黒澤監督の不信感が徐々に増大してゆく。
最終的に、勝新は、
自分の演技をチェックするため、撮影現場にビデオカメラを持ち込もうとして、
黒澤監督の逆鱗にふれ、決裂。降板。
二人の天才の激突でした。
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「役者」は、
監督や演出から言われたことを、完璧にやりきる。という人が、本物のプロ。
それとも、
意見や案を出しつつ、共に作るほうが、本物のプロか。
後者の提案は大事だけど、
最終的には、前者でしょうよね。
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勝新太郎の提案を受け入れて挑戦したNHK。
今となっては、それも「独眼竜政宗」を彩る、名場面とエピソードです。
2026年9月20日 19:00
片倉小十郎景綱
知略の面で、幼少期より政宗を補佐した武将です。
西郷輝彦さんが演じていました。
政宗が、秀吉に服従したのち、
秀吉は、政宗の家臣である片倉小十郎景綱を、
秀吉自身の直接の家臣として、大名に取り立ててやる。と持ち掛ける。
いわゆる「引き抜き」である。
本社のワンマン社長が
買収した関連会社の優秀社員を、別の関連会社の社長にしてやる。ということに近い。
秀吉(演じるは、あの勝新太郎さん!)
「政宗、折り入って、そちに無心があるが、よいか」
政宗
「はっ、何なりと」
秀吉
「……小十郎。近う、ちこう」
「かまわぬ、前へすすめ」
「おぬし、伊達の知恵袋じゃそうじゃな。近くでみたい」
「ほう、良い相をしておる」
「政宗、この小十郎の器量を見込んで、三春城をつかわそうと思うが、どうじゃ?」
「小十郎に、三春(領地)の領主にしてやろう。」
「働き次第での、十万石にもしてやろう。」
「二十万石……いや、三十万石にもしてやるぞ」
「どうじゃ、どうじゃ、政宗」
小十郎
「ありがたいお言葉にござりまする」
「されど、その儀はひらにご容赦を」
「ご無礼の段、なにとぞお許しくださりませ」※素早い動きで部屋の最後部まで下がる
「それがしは、先代・輝宗公より格別のお引き立てにより、姉ともども、傅役(もりやく)を仰せつかりました。」
「以来、十九年。及ばずながら伊達に奉公つかまつり、過分の処遇を賜っておりまする」
「小十郎は、伊達家に骨をうずめる覚悟にござりますれば、なにとぞ」
秀吉
「ほう・・この秀吉のために骨をうめるでなく、伊達のために骨を埋める。とそちは申すか」
小十郎
「恐れながら、今や伊達に奉公申す所以は、
殿下にご奉公申し上げるに他ならずと心得まする。一層の忠勤に励みますれば、なにとぞ」
「伊達家にて、無用と仰せられれば、
この小十郎、己の不忠を恥じて、ただちに割腹つかまつりまする」

このやりとりの間、政宗に類が及ばぬよう、
政宗が話さなくても良いように、小十郎が表に立って言葉を発する。
秀吉
「どうじゃ、どうじゃ、うん、わしが見込んだだけの男であろう」
「小十郎、そちの心根に免じて、これをつかわす(派手な羽織を投げつける)」
場を離れてから
政宗
「愚かな奴だ、せっかくの出世を棒に振りよって」
小十郎
「急がば回れと申しまする。
10年もたてば、関白殿の天下も去り、伊達家興隆の時節がまわってきましょう。
殿のご器量にすべてを委ね、大願成就を信じて、ご奉公いたしておりまする。
さればこそ、関白殿の誘いを退けたまでにござりまする」
「恩着せがましいぞ」
「いえ、決して」
「小十郎、ありていに申せば、わしは嬉しかった」
「もったいないお言葉」
「お前の忠義は、生涯忘れん」
・・・・実際、伊達家は、代々、片倉家を大切にし、今も残っている。
・・・・・
途中、秀吉の近習(石田三成)たちが、政宗と小十郎に浴びせた言葉が下記の通り。
「どうした、小十郎、御礼を申さぬか」
「慮外者!殿下の仰せを何と心得る」
「伊達殿に、遠慮いたしておるのか」
「伊達殿、何とか申されよ、そなたが許すと申せば、小十郎も納得するに違いない」
「主君の命に従わぬと申すか」
・・・・・
当時、中学三年の自分も将来、
「禄を食む」=つまりは、給料をもらう人間。となるであろう。そのとき、
「かくありたい」と、感じたシーンです。
・採用してもらった恩義に報いること。
・目先の金や地位で動かないこと。
・筋を通し、忠節を貫くこと。
その対極に、
秀吉の近習(石田三成など)の存在がある。
かく「なりたくない」と、強く感じる。
・虎の威を借るキツネ
・自分の実力を、親分の実力と勘違いして生きること
・親分の機嫌をとることでしか生きていない、太鼓持ち。になること。
このあと、
豊臣家は滅びる。
伊達家は、江戸・明治を生き残り、現代も続く。
どんな家臣が中枢にいたか。の違い
そこまでの歴史をも暗示した名シーンでした。
////
昭和と言われようが、化石と言われようが、本来、日本が日本である一要因である。
こうゆう教育も受けていない。知らない。知っていても他人事。。
新入スタッフに見せてほしい。感想を聞きたい。
2026年9月13日 19:42
晩年に近い政宗と家臣たちの対話シーンより

↓↓
わしは、齢50にして、ようやく悟った。
つまるところ、
人が、天下を選ぶのではない。
天下が、人を選ぶのだ。
わしに器量があれば、天下は向こうから転がり込む。
器量がなければ、致し方ない。
↑↑
一番店になりたい。と言って、目標を定めて、
一番店になるものではない。
一番店となるにふさわしい取り組み、振る舞いを行えば、
一番店の地位は、向こうから転がり込む。
同じことは、
近年、高校野球・甲子園の常連校でも言われています。
昔は「全国制覇」を目標に、練習に取り組んでいました。
現在は「日本一からの招待状」というテーマを設定し、
「招待状」を受け取るに相応しい日々の練習、日常を過ごそう。というチームが増えています。
自分たちが普段やっている日々、日常が、
「天」から愛されることなのか、
「お客様」「人」から愛されることなのか。
まず、そこを、きちんと見直して、整備したい。
もちろん、
このテーマ設定さえもが
「天下」や「一番店」や「利益」へのレール。
=戦略・戦術でもあるわけですが。
今、主流となりつつあるこの思考を、約40年も前に表現していることに、
「独眼竜政宗=原作者・山岡荘八」の偉大さを感じます。
私の一番店づくり支援の根底を作ってくれています。
2026年9月12日 19:00
虎哉和尚の名シーン、これをご紹介して、ラストにします。
敗戦して帰ってきた政宗に
「笑・とうとう、地獄を見られたか」
「殿のお心の中には、地獄があり、極楽がある」
「仏さまは、格別に殿を見込んで、地獄の入口をご披露くださった」
「引き返すことはできますまい。武将の道は、地獄への道じゃ」
「地獄を通らねば、極楽へは行けぬ」
「人を殺め、城を奪い、己も狙われ、裏切りにおののき、
悪夢にうなされ続ける、それが武将の宿命にござる」
「家督を返上されれば、楽になりまするぞ」
「いっそ、頭をまるめて、禅門に入られてはいかがかな。
極楽がぐんと近うなりまするぞ」
「そうは、参らぬ。ここで尻尾を巻いては武門の恥辱」
「政宗は、未来永劫、世間の嘲りを受けようぞ」
「ならば、地獄へ落ちるしかあるまい」
「地獄、地獄と申すな!」
「では、何が聞きたい」
「負け戦から、立ち直る手立てじゃ」
「いかにすれば、家中の信頼を取り戻し、蘆名に一矢報いることができるのか」
(ポン!)と手をたたく。
「左手が鳴ったか、それとも、右手が鳴ったか?」
「そこを、とくと考えられよ」
政宗は、挟み撃ちを考える。
「これからの戦は、八方に目を据え、天下の形勢をにらみつつ、
友軍と呼応して、かからねばなるまい」
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「武将」は、
会社と社員の人生を背負って意思決定している「リーダー」と置き換えて良い。
「リーダーへの道は地獄への道」
「誰かの人生を左右し、顧客とシェアを奪いあい、
己もまた競争にさらされ、スタッフの裏切りにおののき、
決断の夜には安眠できぬ。それが、リーダーの宿命にござる。」
いっそ、責任と競争から降りますか??
それとも、地獄を通って、極楽を見ますか?
友軍と呼応することも大事な時代です。