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繁忙期が終わった瞬間、来春へのスタートを切る。

プロ野球も前半戦が終わり、
オールスターを挟んで、後半戦がスタートします。

セ・リーグは、昨年の1位・広島カープが今年も独走態勢。。。
(阪神も頑張って欲しい!)

実は、こんなニュースを聞いて、
昨年のうちから「きっと2017年も、広島は強いだろう」と
予想していました。

カープは、昨年の秋、日本シリーズで
パ・リーグの覇者・北海道日本ハムファイターズに敗れ、
惜しくも、日本一にはなれませんでした。

日本シリーズの最終戦、
日本一が叶わなかった、その日の試合直後…
球場にある室内練習場から、バッティング練習の打球音。
主力選手・鈴木誠也選手たちが、悔しい気持ちをぶつけるように、練習していたそうです。

野球好きなら、
広島カープのことを嫌いなファンはいないはず。

若手選手は、良く練習し、鍛え上げられる。
主力選手でも、朝から球場入りして、練習する。
移動は公共機関かタクシーチケット。
野球選手に良くある「高級車をふかして乗りつける」とかしない。
FA補強はしない、他球団にとられることはあっても、獲ることはしない。。
カネや名誉やチヤホヤされることが好きな野球選手ではなく、
野球が好きな野球選手を集めて、育てる。

そんなことが、象徴された、日本シリーズ直後のエピソードです。

 
(でも、カープ女子とか、キライだ・・・笑)

カープには、武骨な男が良く似合う。
山本浩二、衣笠祥夫、江夏豊、北別府学、大野豊、新井貴浩、黒田博樹。。
以前、ブログでも紹介した前田智徳も、代表格。

私の中には「カープ顔」というのも存在していて、
正田耕三、津田恒美、達川光男、佐々岡真司、、、
最近は・・・途切れているな~。みんなオシャレで、かっこいいもんなー。
あえて近いのは、今村投手か、キャッチャーの石原かな?

「モミアゲの系譜」というのもある。
ミスター赤ヘル・山本浩二から、永川勝浩、廣瀬純、、、
これは、菊池涼介に受け継がれている。

カープファンじゃないのに、カープ愛。。。
でも、そうゆうチームなのです。

ブログ表題とは、全然、関係ない好き勝手な話に、
脱線してしまいました。。。すみません!

 
つまりは、
繁忙期が終わった、今、何をするか?

飲みに行くのか、
練習するのか?

記憶と数字が、
ホカホカ、残っているうちのこれからが旬。。

と、いうことが、言いたかったのです。


6月の数字に、最も違いがあらわれる


当社が長く支援させていただいているクリーニング店様と、
そうでないクリーニング店様の、年間数字を見比べてみると・・・
もっとも大きな違いは、6月と7月の数字だろう。。と思います。

毎年、確実に、6月も数字を伸ばしているし、
5月の数字と比較しても、下がり方が、少ない。

これは、店舗の「地力」の差である。

出張前の空港にて、
今日のご支援先でやることの「予習」をしながら、そう感じる。


「買収・合併」という大きな波に


最近、クリーニング業界以外でも、増えています。
買収や合併。。

様々な理由で。

いざというとき「買えますよ!」と言える状態にしておけるように。
新たな「買収企業」と戦わなければならなくなったとき、競争できるように。

準備万端、
売上・利益・人材を蓄えておきましょう。


祇園精舎の鐘の声

数回に渡った「源平ブログ」は、ここらで終了。

経営者、幹部、仕事に関わる全ての人が、
忘れてはならない、原理原則を書き留めて、終わりたい。

平家物語の冒頭の文章。

 
↓↓
祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。

沙羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらわす。

おごれる人も久しからず、
ただ春の夜の夢のごとし。

猛き者もついにはほろびぬ、
ひとへに風の前の塵に同じ。
↑↑
 
小学生だか、中学生のころ、
学校の宿題で、泣く泣く、暗記させられたことを思い出します。

「盛者必衰」「おごれる人も久しからず」
「猛き者もついには滅びぬ」・・・

今、好調な会社は、寸分の油断もなきように。
今は、強敵がいて、辛抱しどころの会社は、逆転のチャンスが巡ってくることを。。
歴史が教える原理原則に基づき、
心にとめておきたいものです


「最期のあり方」は、永遠に残る。

先日のブログの続き・・・のようなこと。

歴史を知れば、人のことがわかるし、
自分を相対化して、観る、生きることに活かせる。

特に、
男子は、知っておくべきだろうことが、あとひとつ。

どんな歴史上の人物も
「どんなことをしたか」と同じくらい
「最期がどうであったか?」が、印象に残り、評価を決める。ということ。

先日の源平時代で言えば、、、
義経は、奥州で庇護されていた藤原泰衡に攻められ、
少人数で最期まで戦い、小さな館で自害する。
義経を守って、弁慶は「仁王立ち」で、最期を迎える。

頼朝の命令で、義経を討ち取った、藤原泰衡は、
たった3か月後、頼朝の大軍に攻められ、挙句、家臣に裏切られて、死ぬ。
泰衡の「首」は、今でも「首を入れた桶」とともに、
奥州平泉に保存されていて、胸の奥に迫るリアリティがある。

泰衡を裏切った家臣は、その首を持って頼朝のもとに行くが
「主を裏切った不義理者」と、逆に斬首される。

頼朝の父・義朝も、家臣に裏切られて殺されている。
平家との戦いに敗れ、逃れる途中、風呂場で。
「木刀の一本でもあれば!」との言葉を残したと言われる豪傑。

その家臣は、罪を許されて、頼朝のもとで働いていたけど、、
平家を打倒したのち、その当時の罪を問われて、殺される。

頼朝は、落馬が原因で、命を落としたとされている。
(妻方の実家・北条氏の陰謀の可能性が高い)

 
一方、平家に目を移すと・・・
清盛は、61歳で熱病に倒れ「頼朝の首を墓前に供えよ」と言い残し、死ぬ。
幼かった頼朝・義経の兄弟を殺さず、情けをかけて生かしておいたのに、
その恩を忘れ、反乱を起こしたことへの恨みと後悔。

平家の一族は、山口県・壇ノ浦で滅亡する。
船の戦いだったので、海の中に投身して、死ぬのですが・・・3つに分類される。
A<勇猛果敢な最期>
平知盛は「遺体が浮いて相手方にさらされぬように」と、船の碇を体に巻いて、海に身を投じる。
平教経は、義経を追い詰め、散々暴れたあと、敵方の武将2人を脇に抱えて、海に沈む。

B<普通の最期>
大多数の平家一門は、海に身を投げて死ぬ。

C<恥ずかしい最期>
棟梁である平宗盛は、海に飛び込んだが、死ぬのが怖くなり、
泳いでいたところを生け捕りされる。頼朝のもとに送られ、
助命を嘆願したが、殺される。
 
信長も、秀吉も、家康も、
真田幸村も、石田光成も、
西郷も、龍馬も、山本五十六も、犬養毅も、白洲次郎も・・・。
歴史をみれば、
「何をしたか」と同等レベルで
「どう終わったか?」は、語り継がれて残る。

写真は、浜松にて。
三方が原の戦いで、危機に瀕した家康を逃がし、
身代わりとなって死んだ家臣・夏目吉信の顕彰碑。
無名の武将でも、こうして名が残る。

最期、
正々堂々、立派であったか、
卑怯であったか?

それぞれ後世への語られ方、その末路。
これらを知れば、自ずから
「自分の最期」を、常に意識しながら、生きるようになってきます。





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